給料が安くパワハラが横行していた障害者雇用のパン製造所

PTSDというハンデを背負って

私は2歳の時に友人を火事でなくして、それがきっかけでPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患いました。いわゆるトラウマの一種で、火や火事に関連づける物事に対して今でもフラッシュバックがあります。
色々と自分の障害について分からないことが多く、専門医すらきちんと治療できない状況でした。
一応普通の大学を出て、普通に就職しようと思ったのですが、PTSDのハンデを了承した上で雇ってくれる企業はほとんどありませんでした。何回もハローワーク等を訪れて就職先を探しました。しかし当時は障害者が仕事に就くことに対する世間の偏見はすざまじいものがあって、障害者が生活の糧を得る手段はなかったと言っても過言ではありません。
そんな感じで、20代をやさぐれて過ごしていました。
 
 

渡りに船と思って見つけたパン屋

そんな中、様々な情報を収集した結果、家の近所のパン屋さんが障害者でも雇用する旨の求人を出していました。
私は早速、面接で自分のPTSDのハンデについてきちんと公表して、無事採用されました。ちょうど30歳になった頃の話でした。しかし、それからある意味、生き地獄のような日々が待っていました。
 
 

オープニングスタッフだったので時給は100円だった

そのパン屋は、できてまだ日が浅かったので、ほとんど収益を上げていませんでした。新規顧客もついていなかったので、0から開拓していくしかなかったのです。営業のスタッフは大変だったと思います。
私は製造スタッフとして働いていたので、営業には回らなかったのです。製造の方は仕事があまりなくて、割と楽な仕事なのかな、とは思いました。
しかし、給与明細を見て驚きました。時給が100円だったのです。明らかに労働基準法違反の案件だったのですが、障害を持っているからということで泣き寝入りせざるを得なかったのです。そこを辞めて他の場所で働くにも、障害者を雇ってくれるような企業は私が住んでいる町にはそこ以外なかったのです。
 
 

毎日立ち仕事で腰痛が悪化

パン屋の仕事は基本的に肉体労働です。
立ち仕事が5~6時間ぶっ通しで続く激務です。そのため腰に負担が掛かって、慢性的な腰痛に悩まされることになりました。しかも製造過程でのロスを出さないように神経を使う日々も続きました。
何度となく整形外科に通って腰の治療を続けていました。腰痛が慢性化すると湿布だけでは痛みが取れずに電気治療などを試みました。それでも腰痛はなかなか治らず、痛みを抱えながら立ち仕事を続けました。
 
 

パワハラ上司に苦しめられPTSDが悪化

また、そのパン屋の直属の上司がガチガチの体育会系上がりの人で、精神論で仕事を進めていたので、パワハラは日常茶飯事でした。理不尽な叱責が多く、理知的に物事を進めていこうとする姿勢が全く見られなかったのです。
直接上司に交渉して突き上げることをしたり、あるいは匿名で意見書をその職場に郵送したり、外部の公共機関(労働基準監督署)などに相談を持ちかけたりして、職場環境を良くするために自分なりに解決策を考えていました。
しかし、なかなか上司の固い頭は柔らかくならなかったのです。なかなかこちらの環境は良くなることはなかったのです。突き上げる方もストレスになっていました。
ストレスのため持病のPTSDも悪化して、休みの日はただ寝てるだけ、という日々を送っていました。何のために働くのか大いに悩まされる日々が続きました。
 
 

何とか転職して事無きを得ました

それで、転職の道を探りました、幸い35歳くらいになって、地元のメーカーで障害者雇用に実績がある企業の存在を知り、そこへ転職しました。
そのメーカーの上司はきちんと理解がある人で、職場の環境も良く、時給も良くて残業代も出る企業だったので、前のパン屋よりはずっと働きやすかったです。
今では自営で仕事をしてますが、やはりブラック企業に入っても心が荒み健康を害するだけで得られたものは何もなかったのです。
今では障害者雇用については、色々な企業がきちんとした待遇で行うようになりましたが、まだまだちゃんとした企業は少ないみたいですね。

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