賃金カット&サービス残業、体力以上の作業に限界

 
 
入社早々の意味のない肉体労働とサービス残業に不安
 
今から10年ほど前、工業製品管理を受託していた倉庫管理会社に入社しました。
入社当時は若い事もあり、どんな状況にあってもくじけない心を持っていましたが、今考えればおかしい労働条件だったと思います。
倉庫業ですから大きく広い敷地に沢山のスチールラックのようなものが並んでいました。
そこに委託された製品を並べて在庫管理はシステムで行うというものです。
それらは委託元の要求に従い、工場へ配送されるという仕組みです。
作業は3交代勤務のシフトでしたので夜勤もありました。
シフトは5チームに分かれていて、入出庫と配送を行います。
これら作業に問題はないのですが、それとは別の作業で倉庫はいつもどこかしらレイアウトを変更していました。
受託製品は大きさも様々で、収納しきれない場合は棚の組み換えを行って収納できるようにレイアウト変更をしないといけないのです。
これがまさに地獄でした。
こういった作業を任されるのは入社間もない若手社員。
指示をするのは当日勤務のシフトリーダーです。

レイアウト変更にはシルバーラックの解体が必要になります。
これの重さが約20kgくらいなのですが,個々の部材が重い重い。
指示したリーダーはこの作業には参加せず、若手社員が3人くらいで行います。
シルバーラックも解体するのは5台から10台。
しかも一勤務内でやりますから終わり頃にはもうヘトヘト。
それ以外に本来業務もこなさないといけません。
作業が終わらなければ当然残業、もちろんサービス残業です。
残業時間も4~5時間は当たり前。
指示したリーダーは定時で退社ですからイライラです。
ラック組立の作業完了時は、次のシフトリーダーにラックの設置具合を見てもらうのですが、指示したリーダーと違いますから全く違う意見が飛び出します。
シフトリーダーが納得しなければやり直し。
果たしてここまでの作業に意味があるのか不明ですが、ただただやり直すのみ。
もちろん夜勤明けだろうと関係なしです。
終わるまで帰れません。
あと何年これが続くのかとっても不安でした。
 
 

作業員の限界以上に増え続ける仕事

ある年を境に新入社員をほとんど取らなくなり、作業員数が固定化されました。
現状でもいっぱいいっぱいな作業の中、新規作業が舞い込んできます。
作業者からはクレームが出ても経営や業務側はおかまいなし。
安全確保もある中、あまり無理な作業はさせられないと反論しましたが「安全確保は作業者の仕事」と押し返してきたので信じられません。
案の定、怪我や事故が多発。
それでも会社は体制を立て直そうとはしませんでした。
 
 

経営が回復しても給与減額は戻らない。理不尽な規定改定

入社5年目で、会社の業績が悪化した事で給与の10%削減に遭いました。
致し方ないと思うものの正直辛かったですが、何といってもそのあとの会社の対応に不満でした。
減額から2年を過ぎた頃、会社の業績が好調になってきた事もあり社内では減額解消への期待が高まっていました。
経営側もそれを察したのか、各部署ごとで社員一同集められ開口一番”減額解消はない”と発言が飛び出しました。
社員はこれに猛反発。
利益の一部は社員に還元すべきとごもっともな意見。
経営側は殿下の宝刀かのごとく、新規定を社員に配り始めました。
そこに記されている事内容から「当時の10%減額は賃金規定を見直したに過ぎない」と一蹴した。
要するに下げたのではなく、見直した賃金が標準値だというのです。
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
これを機に退職者も続出しました。
 
 

昇格と共に異動、サービス残業扱いの徹夜の毎日が待っていた。

新年度が始まり昇格を受けた翌月、異動の辞令がありました。
システムの維持管理部門だったため、これで辛い肉体労働とオサラバできると喜んだ矢先、毎日が徹夜のサービス残業の始まりでした。
前部署の時代にシステム部門の人間がいつも残っていると思ってはいましたが、いつ帰っているまでは知りませんでした。
肉体労働から離れたと思いきや、それ以上の苦痛が待っていたのですから地獄の底に落とされた気分です。
一度会社に来てたなら3日は帰れません。
残業の原因は人手不足とシステムのトラブル対応がほとんど。
システムの老朽化が進んでいた事もあり、会社側には刷新するよう提案もしましたが、「それを維持させるのが君たちの仕事」と回答されました。

確かに、維持管理は我々の仕事ですが、ボロボロまで使ったものを元に戻す事はできません。
これで月給がいいならやっていけますが、どれだけやっても固定給以上は出ない。
へとへとになりながら働くのももう限界でした。
また、酒好きな上司がいたため、週に何回かは必ず飲み会。
月給も安ければ、出ていくお金も多い。
プライベートの時間などあってないようなものでした。
シフト勤務ではないため、土日が公休でしたがどちらかは必ず出勤していました。

勤続10年、今後の生活や健康管理も顧慮し、見切りをつけた私はその会社を退職しました。

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