「半年で社員の半分が入れ替わっていく!」制作会社の中でも特にブラックな環境とは。

 
 

・制作会社といってもピンキリ。

制作会社が非常にハードワークな環境にあるというのはよく聞きますが、それもかなりピンキリがあります。私の場合、人生で初めて入社した制作会社は都心のおしゃれな街にオフィスをかかえてはいるものの、ハードワークの度合いが非常に強い会社でした。

あまりに残業が多いせいか、朝方に帰宅する人もざらで、出社時間が9時と決まっていても、時間通りに出社できる人はほとんどいませんでした。中にはあまりに疲れすぎていて眠りが深いのか、故意に無視しているのか、半日くらい一切連絡がつかない社員というのも居たくらいです。
 
 

・社員の教育方針も扱いも雑

私の場合、デザイナーとして初めに入社したのですが、入社して2か月くらいはよくわからない雑用が続き、その後3か月くらいデザイン業務を任されたかとおもうと、今度はしばらく営業もしてくれと命令されるようになりました。

仕事はやりたくないこともやらなくてはいけないとはいいますが、デザイナーと営業ではまったく分野が違いますし、勝手もさっぱりわかりません。そうであるにもかかわらず、先輩社員の同行も無く、細かな指示もされないままに外に放り出されました。

当然、会社が求めるレベルでの成果はだせずに帰社するわけですが、反省やフィードバックもないままに、「今度はこっちの会社にいってほしい」と新たな営業業務を任されるわけです。これでは何回営業にでてもやり方がわからず成果もろくにだせない日々が続きました。

しかもその数か月後には社内のデザイナーが退社してしまったため、中途半端な時期で配置換えがあり、またデザイナーに戻されました。なぜこんなにしょっちゅう配置換えがあるのかと疑問に思いましたが「フレキシブルに対応できるのがプロ」という社長の一言で片づけられてしまいました。
 
 

・徹夜をあえてさせるという教育

ある日、社長に「このテーマで私の代わりに記事を執筆してくれ」と言われました。私はそれを了解し、数時間かけてリサーチして記事を執筆し、社長に確認してもらったのですが、何度見せても「こんなのではだめだ」の一点張り。特にどこがおかしいのかを聞いても教えてくれず、仕方ないので何度も書き直しました。

それでも一貫して「こんなのではだめだ」という評価をもらい続け、ついには徹夜をするはめに。朝方になって記事を社長に読んでもらうと、「よし、これでOK。」「実は、どのくらいやる気があるか計りたくてわざとOKを出さなかったんだ。お疲れ様。」と言われました。

ただでさえ忙しい環境なのに、わざと徹夜をさせてやる気を計ったといわれても全く納得が出来ません。非常に効率が悪いだけのように感じました。挙句の果てに記事の評価が社外でよいと「私の教育のたまものだな」と鼻息を荒くしてほめられましたが、社長に教育されたような覚えは一度もありません。
 
 

社員の入れ替わりが激しい

このような環境であったため、社員同士の信頼関係もあまりなく、半年で従業員の半分以上が入れ替わってしまうような職場でした。この時に「ああ、すぐにやめてしまう人ばかりだから教育する気が失せているんだな」という事に気づきました。

あまりに入社と退社が日常茶飯事のため、だれがいつ辞めたのかも理解しきれず「あれ?あの人ってもう会社にいないんだっけ??」みたいな会話も当たり前のように横行し、取引先からの電話で担当を名指しされても「○○はすでに退社しており・・・」という返しが当たり前でした。

しかも引継ぎする期間もしっかりと儲けられておらず、唐突にやめる者ばかりなので、「この仕事引き継いでね」という社長や上司の一言で、やりかけで理解しにくい仕事が毎日のように任されていきます。

中には、すでに納期が過ぎている仕事もあり、引き継いだ瞬間に先方に謝罪しに行き、その後で仕事をスタートするということもありました。
 
 

退社理由は体調不良

私の場合は、退社を考えるころにはすっかり体調を崩しており、毎日出社してはトイレで吐き、昼ご飯はほとんど喉に通らないという日々が続いていました。それでもなんとか踏ん張って耐えて働いていたのですが、ある日社長室に呼ばれることとなりました。

そして一言めは「最近、体調くずしてるみたいだけど、原因は何?」でした。

仕事のストレスが半端ないこと、精神的肉体的に極限状態であることを告げると、「無理して働いて倒れられても困るし、そういった理由で倒れるまで働くと社会復帰までに時間がかかるよ」「耐えていればいずれなんとかなると思ってるかもしれないけど、なんとかはならないと思うし、君には合わないのかもしれない」と言われました。

結局私はその会話の一週間後には退社を決意し、辞めることにしました。
働いていた期間は約10か月ほどでしたが、体調が回復するまでには20か月ほどかかり、働いていた期間のほぼ倍の時間が必要となりました。幸い今では完治していますが、振り返ってみるとあまりいい経験をしたとは思えず、その後入社した制作会社などと比べると、かなり劣悪な環境であった事を後々思い知りました。

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