笑顔と気力を吸い取られるブラック企業に入社。

 
パティシエの厳しい世界
 
私はパティシエとして働きたいという夢に向かって、キラキラした気持ちで製菓専門学校を卒業しました。専門学校は非常に厳しい場所で、入学当時にクラスに40人ほどいたのですが、1年後には32人に減っていたほどでした。そんな学校を卒業しただけでも、まずパティシエの厳しい世界で生き残る覚悟はできていたつもりでしたが、もっと恐ろしい現実が待っていたのです。

学校の紹介で、私は何店舗も経営している、中小企業の中でもノリに乗っている会社に就職しました。学校では、「個人店に入社すると、必ずと言っていいほどブラックだ。だから、少し大きめの会社に最初は入るといいよ。」と言われました。そのため、まさか自分の入った会社が真っ黒だとは、全く思ってもみませんでした。
 
 

全てにおいて驚きの連続で言葉が出ませんでした・・・

最初に不審に思ったのは、タイムカードです。タイムカードは、出勤時は絶対押すこと、そして退勤時には絶対に押すなという指導を受けました。タイムカードは、労働基準局にも出すような大切な労働記録だと思っていたので、非常にびっくりしました。そんなごまかし放題のタイムカードで許される日本の制度がまずおかしいのだと思います。裏で、どのようにごまかされるのかはわかりませんが、私たちの労働時間は、1日に平均して15時間ほどでした。大きな工場だったため24時間稼働で、2交代勤務だったため、どうしても次の交代が来るまでは帰れません。それに次の交代する社員が来ても、明らかにこの人数では作れない量のお菓子を任されていましたので、帰るわけにもいかず・・・。結局、一番ひどい人は、21時間働き、寮に帰ってシャワーを浴びて、仮眠してまた出勤するということが、2,3ヶ月ほど続きました。私はまだ新入社員で、できることも少なかったため、多くても18時間で仕事は終わりました。でもこの会社で働けば働くほど、仕事を覚えてたくさん使われます。給料は確かに技術力によってアップされますが、時給計算したら、管理職にまで昇進しない限りは、新入社員より安くなるのではないかと思うくらいに、働いていました。管理職になるには、10年は最低我慢しなければいけませんし、管理職になった場合、私がしたい「菓子を作る」ということは、ほぼ事務作業や会議、店舗を回るなどで、できなくなることが分かりました。
 
 

自ら死にたくて働いてるような物

ここにいても先が見えないなと思い始めていた時に、先輩が過労で倒れて、救急車が来ました。先輩は、ガリガリに痩せていて、担架で運ばれる際も、まるで死んでいるかのようで、ゾッとしました。その後、作業中に怪我が相次いだのですが、そこで驚くべきことを聞いてしまったのです。

怪我をした社員と、上司が廊下で話をしていました。「今月、お前が病院へ行くと、労働基準局が調べに入ることになる。わかってるよな?自力で治すんだぞ。」と、言っていました。自力で治すには深すぎる怪我だったのですが、有無を言わさない言い方に圧倒されて、社員はわかりましたと言っていました。さらにびっくりしたのは、次の日にその社員が包帯を片手に巻いて、もう一方の手だけでできることをして調理場に立っていたことです。休むことも許されませんでした。私はそれを見て、「ここにいたら立てなくなるまで働かされて、死んでしまうのかもしれない」と、本気で思いました。
 
 

同僚に責められても抜け出したかった

その後、経営が悪くなったのか、誰かが文句を言うのを恐れたからか真偽の程は分からないのですが、社員が会議室に集められました。そこで紙が配られて、新しい社則が書かれていました。読み終わる前にすぐにも「サインとハンコを押して提出するように」と急かされました。そのため全てを読む時間はなかったのですが、そこには「退職届は、辞める一年以上前に出すこと」「残業代は100時間を超えないと出さないこと」などが書かれていました。そもそもタイムカードがないので、残業代も何もないのですが、そんなことが書いてあって、社則の紙は持って帰れるのかと思えば、その場で回収されてしまいました。

それでもまだしばらく働き続けていた時に、給料査定の時期が来ました。この時に、上司と面談を行い、自分の欠点や利点などを言われて、給料の順位が決まります。これは、先輩後輩関係なく、技術力などの日頃からの行いで全てが決まります。私の査定結果は、「技術はあるが、笑顔がないので減点」でした。成績は、笑顔がないという理由で減給、順位は真ん中くらいまで落ちました。「どうして笑えないのか?」と三人の上司に囲まれて問いただされた時に、やっと気がついたのです。この会社では、もう私は笑って仕事が出来ないし、私の技術が伸びることもないだろうと。私は退職を決意しました。辞める時は、同僚などからもかなり責められました。今思えば、みんな辞めたかったのに抜け駆けをした私をひがんでいたり、自分たちの仕事がまた増えることの恐怖から、私を罵倒したのだと思います。
 
 

自信をなくした私に救いの言葉

その後、専門学校に会社を辞めた旨を伝えると、感情的にならずに上手に辞めたことや、一年以上も耐えたことに、拍手を送ってもらえて、すごく意外な反応でした。その時に、私がダメで認めてもらえなくて、もしかしたらどこの菓子屋でも働けないと思って自信をなくしていたのですが、久々に笑うことができ、こういったモチベーションを上げてくれる空気というのは大切だと改めて思いました。

それからは、会社選びをする際に、「ここで笑って仕事ができるか」を考えて、アルバイトから入るようにしました。仕事自体も体力勝負のパティシエならではですが、辞める人も多いので、このような選び方もできます。ですが、「笑って仕事ができる」ということは、どの職場においても、非常に大切な要素だと感じました。

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