小さい会社はだいたいこんなものという言葉に騙され。ひどさに気がつけなかった初めての正社員経験

 
 
面接の段階では違和感はなし、良い会社だと思った自分の愚かさ
 
学校を卒業し、手に職をということを考えてWEB通販に会社へ応募することにしました。選んだ基準はなんてことはありません。

新聞の折り込み広告に載っていたので、地元でしたし有名ではありませんがそれなりに年数を重ねていましたので、ノウハウも技術も手に入れられると思いバイトとして入社することを考えました。

年齢は21歳だったということもあり、若いという事とスキル問題ないということで、即採用でした。ここまでは何も問題ないですし、もちろん社員登用前提でした。面接時は月の後半で働く日も翌月からという事で、きちんとした会社だなと思っていました。
 
 

■初日から残業、WEBではなくデザイン担当になる

違和感を感じたのは初日、所詮バイトという様な扱い、よく覚えてるのが「みんなイライラしてるから、大人しくしておけよ」という謎の言葉でした。

挨拶の前に、脅しともとれる発言を当てられた事に衝撃を覚えました。WEB通販の会社の担当として入ったのですが、最初に与えられた仕事は名刺を作る仕事でした。デザイン全般を身につけたことはないのにもかかわらず、1日のノルマは20件。初日は定時で帰れることもなく終わりは9時頃に退社となりました。

名刺を作るとわかるのですが、慣れていなければ簡単な物でも1時間ほどかかります。単純計算で20件を終えることなく、「今日は初日だからいいけど、しっかりこなしてもらわないと困る。デザイナーなんだから。」とどういった経緯かわかりませんが、自分としてはWEB担当としてサポートや発送関連、若干の商品制作とイメージしていましたが、まったく別なものになっていました。
 
 

■若いというだけで何でもやらされる

1ヶ月もたった頃「若さ」を免罪符に何をしてもよいという考えだったのか、作った商品にミスが合った場合には「経験」ということで、大体のクレーム処理。「技術向上」という事で、ほぼすべての受注を作らされる。会社を出るのは10時過ぎになり「じゃあ頑張ってね」と言われて上司が先に変えるのが当たり前になりました。
 
 

■疑問もなにかもが「甘え」で片付けられる

疑問に思い、周りにしても「それが当たり前。甘いことを言うな。その程度だれでもやっている。」自分の説明が下手だったのかわかりませんが「甘え」の一言で片付けられましたので、深く考えずに疑問もそのままで21歳ということで、社会の経験もありません。思い返せばおかしい所ばかりだったのですが「これが社会人なんだ・・・。」と言い聞かせて働き続けていました。
 
 

■6ヶ月後、上司が辞め仕事量倍増

上司がやってられないと退社。なんの話もなく引き継ぎまったくなしの状態で、WEBサイトでの受注から納品といった部分まで担当するようになりました。

作るだけで手一杯だったのですが「若いから大丈夫でしょ。これが出来なければ世の中でやっていけないぞ。」ということで、職歴もないですし転職するにも不利になると考えて我慢しつつも働くことにしました。

マニュアルといったものはすべてなく、口頭で伝えられる環境でしたので作業者によってすべてやり方が違うというところでした。
 
 

■無理が出来るのは体が元気なときだけ

何も教えてもらえないという状況が続き、全てが手探りこの状態まで来ると「全部自分でこなしてやる」と気持ちを高めてしていましたが、文字を間違えてはいけない緊張感に加えて、別部門では雑貨関連の通販でしたので、そちらの接客や電話対応もこなしていました。

ついには、夜寝れず、朝起きることが難しい状況が続くようになりました。慢性疲労というのがしっくり来るとは思いますが、この時点で相談しても「他の人の目もあるからあなた一人を休ませることは出来ない」と会社から言われ「日曜日休めるならただの甘え」と周りの人から言われ、心身とも疲れきってしまいました。

自分が担当した仕事は、技術面や経験が必要で、未経験ではこなすことが出来ないという事を知りました。担当者に丸投げで、すぐにやめてしまう場所だったという事を、後で仲良くなった同僚に話を聞きました。
 
 

■休養し、全てに気がつく

最後の方はスキルもついてきたこともあり仕事をこなせるようになりました。結局は周りはわからないので丸投げすることしか出来ないということが合ったために、若い時分に能力の差を感じていたので悪態をついていたそうです。休養するときに寸前に、上司となっていた人に「少し話せばすぐに取り掛かれるから可愛げがない」とポロっと言われました。
 
 

■すべては出来ているという思い込み

担当した業務はデザインやWEBを利用した集客、といった部分ですが、一人がすべてをこなすには難しいですが、わからない人から見えれば全部出来て当たり前という感覚が合ったようです。そう入っても21歳の男に求めるのは違うとは今では思います。

また、教えてもらえるという自分の考えが甘かったのですが、マニュアルも無ければ頼れる仲間が周りにはいませんでした。デザインひとつとっても、雑誌や教材を購入し帰宅後や休みの日に著者の講演会へ行き勉強をするのが日々の過ごし方でした。

求められていたので、仕事ができるようになりたいという気持ち一つで働いてしましたが、何をとってもダメ出しや責任逃れが多いところでしたので、最後は退職することにしました。

退職の決め手は社内の人間から発した言葉でした。

改めてこの会社での営業方法を教えてもらいと言った時に「前の職場で教育してもらっているから、自分の会社では教えることはないしダメなのは前の会社のせいだ。」

営業が決めた納期が短く間に合わせて欲しいと強力を仰いだ時に「仕事が増えるのがイヤだ。謝ればそれで済むから問題ないでしょう。」

繁忙期だったとは言え、何のために仕事が出来るように過ごしてきたのかわからなくなりました。

給料は額面で21万、手取り17万円。
休みは月6日程度。8時30出社、帰宅は10時過ぎ。
その間、昇給もありません。ボーナスなんてものもありません。

ないないづくしですが、良かったのは仕事さえこなしていれば、勤務中は一人ですので自由だったということです。
初期の段階こそ偉そうに文句を言われましたが、2年も経つと誰もが頼るようになりました。それだけ人がいつかない場所だったのでその仕事ぶりに誰もが認めていたという風に退職後に言われました。

給料や休みに関しては、経営が厳しいということで我慢はしますが、向上心もなく連携も悪い。帰れない上に若さを理由になんでもさせられつつも、常にダメ出しされ続けた初めての正社員経験は今でも苦い経験として生きています。

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