サビ残は当たり前。住宅業界の悲しき実態

 

住宅メーカーで働いていたのは、もう5年近く前になりますが、本当に理不尽なことが多い、辛い会社でした。

 
 
住宅メーカー自体、打ち合わせが、お客さんが仕事から帰ってくる、夜や土日がほとんどなので、帰りが遅くなることが多いのですが、辛いのはそれだけではありませんでした。
 
 

サービス残業は当たり前。睡眠不足で、仕事中も意識朦朧状態。

もともと打ち合わせが夜になりがちで、また事務所に戻って反省会をしたりするので、帰りが遅くなるのは当たり前なのですが、仕事がなくても、事務所にいないといけない雰囲気が蔓延しており、日が変わらないと帰れないことがほとんどでした。一度、咳が止まらない日が続き、事務所の人に迷惑をかけるので、夜10時に上司に帰りたいと言ったところ、勤務表には、早退と記入するようにと言われました。また、事務所の掃除は、2年目までの社員がすることになっていたのですが、そのために、始業時間の1時間前に出社しないといけませんでした。もちろん勤務表には、定時出勤、定時退社で記入しないといけない決まりになっていたのですが、休日出勤も入れると、サービス残業は月150時間を超えることがほとんどでした。
 
 

自分が契約をした分が、先輩の契約に付け加えられていた。

営業担当だったので、お客さんとの契約が給料にも、評価にも直結するのが、この業界。決して、できる営業マンだったわけではないのですが、会社では珍しい女性営業マンということで、奥さんを味方にすることに成功し、最低限ノルマは達成していたのですが、先輩がノルマにほど遠いということで、私の契約分が先輩の契約分に付け加えられており、表向き、先輩はノルマを達成、私はノルマを達成できない状態になり、結局ボーナスもつきませんでした。
 
 

契約件数のノルマが達成できなかったら、飛び込み営業。

先輩に、自分の契約分が付けられていたことから、私はノルマを達成できていない状態になっており、その結果、飛び込み営業を命じられました。アパートやマンションを回って、1件1件飛び込み営業をさせられました。展示場に来るようなお客さんはまだ可能性があるのですが、飛び込み営業は当たりもほとんどなく、ただ単に根性論になっていました。ノルマにはほど遠い場合には、40件ほどの住宅メーカーの展示場が建つ総合展示場の駐車場のナンバーを陸運局で調べて、家を探りだし、その家に訪問をしないといけないということもありました。
 
 

上司が躁うつ病。

上司が躁うつ病で、ほとんど仕事ができない状態でした。唯一できるのは、みんなの前で、私を叱り、その上の上司に、新人の指導をしているアピールだけでした。その結果、朝礼で10分、定時退社時間が過ぎてから、約1時間、私を叱るための時間が設けられていました。契約のノルマは達成しているので、普段の行いがいかにできていないか、人としてどれだけなっていないか、という人格批判が続いていて、頭がおかしくなりそうでした。歴代の新人は10年ほど1年以内に辞めており、私は2年目に他の部署に異動になったのですが、異動になった後、新人は配属されず、アピールができなくなった上司は、仕事をすることができない状態であることが人事にばれてしまい、病院の精神科に通院することに。
 
 

辞めたくても、順番待ちが長く。

私がいたのは、40人ほどの部署だったのですが、毎月1~2人ほど辞めていく部署でした。その結果、辞めたいと言っても、前が詰まっており、スタッフの異動、新人の採用、引き継ぎを計算すると、最低でも半年待たないと辞められない状態が続きました。ちなみに、私の場合は辞めたいと言ってから、9か月待ちで、待っている間に、部署の半分の人を見送ることになってしまいました。
 
 

有休も代休ももちろんなし。

有休も代休も取ることはもちろんできません。でも、勤務表上は、取ったことにされ、その日は、有休や代休だけど、自主的に出社したということになり、お金として換算されることもありませんでした。親族の法事はもちろんのこと、親以外の葬式にも出席はできません。決して、仕事があるわけではないのですが、歴代そういうことになっているので、ということで、却下。忙しい時期ではなくても、出席は許されません。子供の入学式や運動会にも参加できない社員がいつも寂しそうにしていたのが、印象的です。
 
最後にその後、その会社を辞めて、転職しましたが、定時に帰れる、仕事帰りに買い物ができるなど、小さいことに喜びを感じる毎日です。

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